“縄文からのメッセージ”

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“縄文からのメッセージ”~茅野市尖石縄文考古館特別展・見学記~
「縄文のビーナス」・・・縄文時代の土偶として、平成7年に初めて国宝に指定されました。今から5千年前の縄文中期の土偶の特徴をよく表しているそうです。教科書などで見た方も多いのでは? 実は、これら縄文時代の土偶や土器にはとっても不思議なファンタジーな世界が秘められているようです。

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縄文時代を研究する人たちにとって八ヶ岳周辺は「縄文文化の宝庫」と言われているそうです。なにしろ260を超える縄文時代の遺跡があります。とりわけ茅野市豊平にある「茅野市尖石(とがりいし)縄文考古館」は、縄文時代を研究する学者・研究者には欠かせない考古館なのです。

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考古館の中には、遺跡から出土した数々の土偶や土器など2000点余りを展示、なかでも国宝「縄文のビーナス」
や重要文化財「仮面の女神」が知られています。登山者や観光客から人気の高い八ヶ岳ですが、今から5千年前の昔、山麓には豊かな自然が数多くの集落を造っていました。森からはクリやカヤの実、イノシシ、シカ、川からは魚がとれたそうです。考古館の学芸員 功刀司(くぬぎ)さんが「最近の研究で、マメやヒョウタンなども栽培していたことも分かっています。気候も今より少し温暖だったようです」と説明してくれました。

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豊かな自然に暮らす縄文人。縄文時代中期の尖石縄文考古館の周辺には、多い時には谷を越えて2つの集落があり、およそ30軒の竪穴式住居で150ぐらいの人々が暮らしていたと推測できるそうです。考古館学芸員 功刀さんの話です。「縄文時代中期後半、この周辺で人口が増加した要因として二つあります。一つは、豊かな自然が人々の暮らしを支えたうえで、技術の向上があり食糧生産力がアップしていたと考えられる点。二つには、移住者が増えた事。その移住者を惹きつけたのが『黒曜石』です」と解説したうえで、「『黒曜石』は、溶岩が急速に冷えた天然のガラスです。八ヶ岳は本州最大の『黒曜石』の産地だったのです。狩猟に欠かせない弓矢の“やじり”“刃物”などをここで暮らす縄文人は作っていました。さらに、それらを関東や北陸地方に輸出していたようです」と説明してくれました。

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八ヶ岳山麓の茅野市の「棚畑遺跡」から出土されたのが国宝「縄文のビーナス」。私が以前、考古館を訪ねた時、残念ながら英国に貸出中で見ることが出来ませんでした。今回、初めて目にした「縄文のビーナス」に感動しました。高さ27cmの土偶、表面はよく磨かれていて、所々にある金雲母がキラキラと輝き神々しいのです。小さく縁どられた顔、妊娠を表す腹部と安定感のある腰と尻。しっかりと大地に立つ太い足。豊かな暮らしを支えている女性の輝きがそこには在りました。通常、縄文時代の土偶は呪い(まじない)に用いられた後、壊されるのが普通だそうです。「縄文のビーナス」は完全な姿で発見されました。「縄文のビーナス」は集落の人々に畏敬の対象だったです。縄文人々の“祈りと願い”がこの「縄文のビーナス」には託されています。

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縄文時代後期の土偶「仮面の女神」。この頃から八ヶ岳周辺の縄文文化は衰退が始まったようです。高さ34cmの土偶の文様は単純化し、内部は空洞。表面は光沢が出るほどよく磨かれ、黒く燻して(いぶして)焼かれています。
大地にどっしりと立つ太く大きな足と大きく広げた両手。そして怒ったような逆三角形の仮面を被った姿。残念ながら「仮面の女神」から縄文の人々のメッセージを研究者も読み取れていません。研究者にとっても謎は尽きないそうです。

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今回の展示は「土器のいろいろな顔」がテーマ。茅野市の「長峯遺跡」から出土された各種の土器が展示されています。縄文文化は約1万3千年前に始まり1万年以上続いたというのが学界の定説。その5千年前の縄文時代中期の集落の跡「長峯遺跡」は、10年余り前の調査で八ヶ岳山麓のおいても200軒を超える大規模な集落遺跡であった事が分かったそうです。

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この土器の説明には、「この土器は人面ではなく『サル』か『フクロウ』かもしれない」と記載されていました。また「もちろん結論は出せないが、縄文時代の人々が土器に『何か』を造形しようとしたことがよく伝わってくる」とも記していました。貴方はこの土器から「縄文人のメッセージ」の何を読み取りますか?

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ヒトデのような形をした模様やヘビがうねるような波打つふちが印象的」と解説文のある土器。一見すると同じように見える模様も、よく見る刻みや輪郭が微妙に違うようです。近年の研究では、縄文時代の土器の形状はデザインではなく、“縄文人の思い”や“世界観”が表現されたものだと言うのです。この土器から縄文人の思いや世界観が…貴方は読み取れますか?

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縄文時代について、私たちはどの位、知識があるのでしょうか? 私は、これまで縄文時代というと最初に「大森貝塚」が思い浮かび…海というイメージでした。八ヶ岳山麓の高原の地…実は縄文時代の遺跡が数多くある事を多くの日本人が知る必要があると思いました。その縄文の文化について、哲学者の梅原 猛氏は「縄文文化は、日本の基層文化である」とし主張しています。そのうえで「科学技術を従来のような自然征服ではなく、自然との共存の手段とすることが今後の人類の文明の課題なのである。縄文文化は単なる過去の文化ではなく、未来の人類文化のあり方を教える文化でもある」と『神殺しの日本(朝日文庫)』の中で述べています。その「縄文文化の宝庫」こそが八ヶ岳山麓なのです。
茅野市尖石縄文考古館の「土器のいろいろな顔」特別展示展は、11月27日まで開催されています。
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茅野市尖石縄文考古館HP :  http://www.city.chino.lg.jp/ctg/07050020/07050020.html
2011.9.20

この記事へのコメント

パソオ
2011年09月22日 12:00
今から5千年前の縄文中期。
国宝「縄文のビーナス」。
「縄文人のメッセージ」。

縄文時代を研究する人たちにとって八ヶ岳周辺は
「縄文文化の宝庫」・・・。

「科学技術を従来のような自然征服ではなく、自然との共存の手段とすることが今後の人類の文明の課題・・・」。

縄文文化は単なる過去の文化ではなく、未来の人類文化のあり方を教える文化でもある」と・・・その「縄文文化の宝庫」こそが八ヶ岳山麓なのです。

リポートそのものに、単なる歴史考察ではなく、大震災を被った現代を生きる人々=日本人をはじめ、天災や地球温暖化に直面する人類への「将来に向けて、今何をすべきか」の強いメッセージ性を感じます。

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