江戸の災害支援と東京の災害支援

“江戸大変”は大火、地震、噴火、洪水、飢餓…などの災害時。
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幕府は災害対策に「お救い米」や「お救い小屋」、「囲米制度」など支援態勢を作りました。しかし、それは幕府のある江戸中心だったとも思えるのです。
江戸ではお救い米で打ちこわしが無くなった一方、大阪では米不足と値上がりで庶民は飢餓状態。見かねた元与力・大塩平八郎は「救民」の旗をあげ幕府に反旗をひるがえしました。
この「デジタルアイ・江戸」は江戸から何を学ぶか?も大きなテーマの一つです。今回はコロナ騒動の支援について考えます。

コロナ感染で、政府は国民一人当たり給付金10万円を支給しました。私事ですが7月9日、政府からの給付金10万円を「慈しみに満ちた社会を目指して」と言う社会慈業委員会「ひとさじの会」に寄付してきました。この団体は山谷地域を拠点に生活困窮者への支援活動を行っています。
主な活動は3つ・・・
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▼浅草・上野での路上生活者への「炊き出し、配食」。
▼全国のお寺やフードバンクと協力し米を届ける「施米支援」。
▼路上で亡くなった方へお葬式などの「葬送支援」です。
「ひとさじの会」発起人・吉水岳彦さんにとって忘れられない話があると言います。NPOもやいの稲葉さんから聞いた話です。
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吉水さんは「路上生活者がアパートの居宅支援を受けアパートに入居した人が暫くすると路上生活に戻る」という話を聞いたのです。
何故か? 支援活動の稲葉さんは入居した路上生活者から「話せる仲間との生活の方が良い」と言われたそうです。以来、多くの支援活動者も視野狭窄に陥らないように改めて、会話や相談、医療対応などに支援を受け取る側に立つ事が必要だと思ったそうです。

テレビでは毎日、第2波コロナ感染に時間を大きく報道していますが、この影響で仕事を失った人や路上生活者への支援活動への取材が少ないように思えるのです。
吉水さんは「コロナ感染でボランティア活動も縮小せざるをえなかった」と言います。一方で、路上生活者に「目に見えて、おなかをすかせている人が増えている」とも語っています。
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またコロナ感染で食事作りも細心の注意が欠かせないとの事。
コロナ感染騒動後、上野、浅草、山谷地域では食事を求める人の数が2倍になったとの話もありました。
しかも行政も余裕がない状態。生活保護の申請相談する人も殺到、今や「福祉崩壊」の様相もあると言います。
平均年収が1230万円の医師。病院経営の「医療崩壊」危機とマスコミは伝えています。しかし明日の食べるモノもない人の「福祉崩壊」危機も取材して欲しいものです。

江戸時代の飢餓の対策は?
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享保、天明、天保と続く飢餓への対策は「お救い米」や「お救い小屋」、「囲米制度」など支援策が幕府から出されました。
享保の飢饉の時、支援金を出した人の名前一覧『仁風一覧』という出版物がありました。幕府は五畿内と西国の幕領に「飢人救済」の高札を立てるように指示。米穀金銭の貯えのある町人(商人、名主)、百姓は、飢人へ助けるようにと言う高札を立て支援を求めたのです。
つまり寄付のススメです。施した人々の名前を広める為に『仁風一覧』という出版物を享保19年5月に発行。施行者(寄付)は3万7290人の名が記載されているとしています。※「天下大変~江戸の災害と復興~」より。発行:江戸文化歴史検定協会。

こうした背景には、江戸時代には何があったのか?
町や村には寺や神社がありました。庶民の暮らしの中に仏教など共助の考えが浸透していたと思うのです。
また享保の時代、石田梅岩の思想「石門心学」が商人、武士、さらに農民層まで普及していました。
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「石門心学」の祖・石田梅岩の根本思想は、儒教の孟子の言葉「人の本性は善」です。教えは「倹約」・「寛容」・「正直」。それが様々な形で世に中に役に立つという考えです。
明治時代が近代化を進む中で「石門心学」は忘れられていきました。しかし日本近代化の父・渋沢栄一や松下電器産業の創業者・松下幸之助は石田梅岩の著書「都鄙問答」(※鄙=「ぴ」は田舎という意味)を座右の書としていました。

給付金10万円の使いみちは各自の自由。
しかし余裕のある方々は路上生活者や災害被害者への支援も考えて欲しいと思うのは、一人身の自由な筆者だけでしょうか。
最近、読んだ浅田次郎の「流人道中記」がベストセラーとか・・・日本人の優しい心はまだまだ健全だと思います。
記:2020年7月10日
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この記事へのコメント

青木繁
2020年07月10日 20:26
ブログ拝読しました。吉水さんの件よかったですね。彼は僧侶として、そして、社会事業者としての道をゆっくりと着実に歩もうとしているようです。私はフェースブックで毎回報告する上野近辺の事情を読ませていただいております。困難なひとに押し付けがましくなく、接している様が魅力的です。きっと将来さらに心の優しい本当の仏道を示す僧侶として、この街を支えてゆくと信じます。私は一度しかお会いしたことがありませんが、ファンになってしまいました。 青木
2020年07月11日 07:27
最近読んだ出口治明さんの本の中でも「人生で大切なのは、何といってもパートナーや気のおけない友人たちと過ごす時間である。」とおっしゃっておられます。
路上生活者の「話せる仲間との生活のほうがいい。」と通ずるものがあります。
白樺人
2020年07月13日 08:34
小説「流人道中記」のあらすじ。旗本の青山玄蕃は同僚の罠にはまり姦通罪の濡れ衣をおう。切腹を拒否し蝦夷への流罪旅が始まる。押送人は19歳の見習い与力、玄蕃と共に奥州街道を歩む。道中で出会う人たちを玄蕃は救いながら進む。
最後に病を抱えた宿送りの女・お菊を救う話が一番泣かされる。お菊が仮病と告白すると流人の玄蕃は「身の痛みばかりが病ではないお前は病人であった。生きよ」と言う。不意の玄蕃の大嘘に見習い与力は「控えよ」と命じ片肘を屈した。玄蕃は名主にずっしりと重い金袋を渡すのだ。