映画「HOKUSAI・北斎」ー1
映画「HOKUSAI・北斎」-1
~富嶽三十六景へ長き道程~
<映画「HOKUSAI」から北斎を考える>
映画「HOKUSAI」を見てきました。すばらしい出来栄えです。映画のテーマは「絵で世界は変わるのか?」。この映画は国内より海外、とりわけフランスなどヨーロッパで大絶賛されると思います。
<「HOKUSAI」企画・脚本家は>
この映画の企画・脚本は、2007年に小説「瞬」でデビューした“河本れん”さんです。企画書は13回も書き直したそうです。
【空の色が青色と思っていたけれど、あるときそれがピンクベイジュだという事にきづいて、海にピンクの空と合わせた北斎の感性に衝撃を受けたんです。それで北斎の人生が気になって調べはじめたのが最初ですね】とパンフレットに書いていました。
<「HOKUSAI」魅力の出演陣>
みずから“画狂人”と言う葛飾北斎の生涯。
★その若き北斎は「柳楽優弥」が演じます。第57回カンヌ映画祭最優秀男優を日本人初の受賞。
★老年期の北斎は「田中泯」。
78年にブ―ブル美術館で舞踏家としてデビュー。
★「絵ってなぁ、世に中かえられる」と言う版元・蔦屋重三郎役は、「阿部寛」。
時代背景は、天明7年(1787)「寛政の改革」から江戸の“爛熟の庶民文化”と言われた化政文化を挟み「天保の改革」後の弘化2年(1845)長野県小布施までの時代です。そして蔦屋重三郎、喜多川歌麿、写楽、滝澤馬琴、柳亭種彦、お栄、高山鴻山…等。北斎の人間模様が描かれているのです。面白くないはずがありません!
<浪と富士に魅せられた>
誰もが見た事がある「富嶽三十六景」の一つ「神奈川沖浪裏」。大きな波と翻弄される送押船。北斎が「富嶽三十六景」を完成させたのは、天保年間(1831~34)北斎70代前半。当時としてはかなりの高齢でした。
世界的名画「富嶽三十六景」までには、長い道程がありました。映画では、若き北斎が喜多川歌麿、写楽、蔦屋重三郎などとの人間関係に疲れ一人旅立ち、海辺を彷徨うところが描かれています。
水平線の彼方に富士山。上手く描けない。その時、浪の音に惹きつけられる若き北斎。思わず海に、浪の音、汐の香り、水中からの映像を交え北斎が浪をひたすら染み込ませるシーンです。
江戸に戻り、蔦屋重三郎を訪れ一枚の絵を見せるのです。
「波か。…まさか、こう来るとは思わなかったが」…(中略)…重三郎。満足そうに絵を眺め、水平線上に描かれた富士山と浪を見つめて「おめえ、やっと化けたな」と語るシーン。
「江島春望」です。この時、銘には“北斎宗理”と書かれていたのです。北斎「北極星にちなんで付けたんだ。たったひとつ、ぜったいに動かねえ星だ」。その言葉に重三郎が心から笑顔を返すのです。浪と富士山の誕生です。
この後、寛政9年(1797)、蔦屋重三郎は49歳で亡くなります。
さらに年月が進みます。「富嶽三十六景」の先駆け的な作品があります。
【特に注目すべきは、文化年間(1804~18)に手がけた洋風表現を取り入れた錦絵の揃物であろう。特に文化年間前記に手掛けた油絵を模したと思われる揃物では、板ぼかしによる陰影表現や額縁のような枠など目新しい表現を導入している。そのうちの一図 「賀奈川沖本杢之図」は…中略…明らかに「富嶽三十六景」を生み出す基盤となっている】と記しています。
さらに「賀奈川沖本杢之図」から「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」誕生まで、凡そ30年の時間が経過しているのです。
その間、北斎に何があったのか?
<浮世絵を革新した“ベロ藍”とは…>
ベロ藍「ブルシャン・ブルー」は、プロイセン大国で偶然に発見された合成顔料です。オランダ経由で入り、「ベロ藍」と呼ばれましたが高価!江戸馬喰町の地本問屋・永寿堂の西村与八の存在があったのです。
蛍光X線分析による吉備国際大学名誉教授・下山進氏と礫川浮世絵美術館館長の故・松井英男氏の研究があります。
【プルシャン・ブルーの主成分元素である鉄元素が検出されるか否か、
<田中泯だから出来た奇跡のシーン>
映画では、北斎がベロ藍を手に入れた喜びで外に出て雨打たれるシーンがあります。
高齢の北斎を演じた田中泯。パンフレットより
【「早くしよう。僕の中の北斎が逃げていってしまう!」 深夜の撮影のため、準備に奔走するスタッフが思わず手を止めた。それほど田中の語気は鋭かった
北斎の老年期を演じる舞踊家・ダンサーの田中泯(76)。唯一無二の『裸踊り』で世界を驚かせた前衛ダンサーから俳優へ。田中泯は東京教育大(現筑波大)に進むが挫折。踊り、そして役者へと、その歩みは、葛飾北斎そのものとも思えます。
<北斎「富嶽三十六景」の背景>
富士山、浪、そしてベロ藍が揃いました。北斎は「富嶽三十六景」を描く事が出来たのです。
北斎がこの浮世絵を描いた時代文化年間(1804-07)前期は“爛熟した庶民文化”といわれる化政文化時代でした。「寛政の改革で厳しく抑えられていた出版や庶民のエネルギーが、反動でパッと大きな花を咲かせたのだ」と東大史科編算所教授の故・山本博文(ひろふみ)教授は分析しています。この時代を背景して映画「HOKUSI」は創られています。
次回は、さらに北斎の飽くなき絵への想いや世界への目線を探ります。
記:2012.6.4
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