江戸絵巻「熈代照覧」私的考察ー2

<江戸繁栄の基礎とは?>
今回は江戸繁栄の「基礎」を日本橋北橋詰めから今川橋までの凡そ760mの通りの中から考えてみたいと思います。
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まず江戸繁栄は「江戸の地廻り経済圏」が出来ていた事。東大史科編算所教授の(故)山本博文(ひろふみ)教授は、「『下らねえ~』が築き上げた江戸の地回り経済圏の誕生」とした上で、江戸中期以降、関東諸国の生産技術が飛躍的に向上。その結果、
“上方からの下り物”にとって代わる江戸の消費に応える“地廻り物”が多く出てきた」と記載しています。
例えば、「野田の醤油」「岩槻のモメン」「桐生などの絹織物」・・・など。
日本橋1.jpg家康の入府時は羽田沖から江戸川までの沿岸部を「江戸城前」と言ったそうです。江戸中期には三浦半島や房総半島までに拡大「江戸前」になったとか?河岸の岸には、鮮度を保つための早や船の「押送船」も見えます。
「御免よ!御免よ!」と“いなせ”な若者の声が響く魚河岸(うおがし)。やはり日本橋と言えば江戸の台所と言われる魚河岸。
川柳(せんりゅう)に「(𠮷原、芝居町)なんの その日に千両は朝のうち」と言われる賑わいでした。

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日本橋北橋詰には、魚だけでなく野菜も売られていました。近くの神田に「やっちゃば」野菜市場がありました。近郊の農村での野菜類も生産を上げていました・・・「小松菜」「練馬大根」「千住ナス」「内藤カボチャ」などの名産野菜の誕生には、人口増加で江戸が都市として進展する中で、“人糞”が近郊農家に即効性のある肥料として流通した事にあります。これらから絵巻「熈代勝覧」から第一に「江戸の地廻り経済圏の誕生」が見えてきます。

第二は「大消費地としての大江戸」とは何か?を考えます。室町一丁目には、河岸(かし)の繁栄の下で酒問屋、小間物問屋、ゆいのう品問屋、小道具問屋など各地の品々も道幅十間(じゅっけん)約18mの通りに集まり、大消費地・大江戸の姿が見られます。
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▼通りには流行りの黒塗り土蔵(どぞう)作りの尾張三河の赤味噌問屋。隣の黒塗り土蔵作りは漆器問屋・伊勢屋の繁盛ぶりも見えます。
室町一丁目の通りだけで伊勢屋が三軒もあったと言います。ちなみに「三井越後屋」も伊勢松坂出身。絵巻からは、伊勢や尾張三河、近江から大消費地・江戸へ進出し、大店になった商人が多いのも見てとれます。「江戸名物 伊勢屋 稲荷に犬の糞」だ。現在のニンベンも伊勢屋。家康以来の幕府を支える三河、尾張、紀州の影響もあったのか?

第三は「町の支配系統の確立」があるようです。
日本橋と人 江戸東京博物館.jpg
・幕府の支配系統の筆頭は「町奉行」。・次に「町年寄り」。家康に仕えた由緒ある町人の代表「町年寄」=奈良屋、樽屋、喜多村の三家。
・次に町名主=200~250人。一人で複数の町を担当した。・最後に月行事=町内の家守(大家)が中心になって構成する五人組が店子たちへ幕府の方針を伝達し、町を管理しました。また経済面でも町人の力が強まる中で、株仲間や問屋などに
「商いの秩序」が進んだと言われています。例えば、日本橋の通りには魚、野菜など品々が溢れていました。
当然、大店と立売人との売り場を巡るもめ事も出てきたのです。そこで町が仕切って立売人に場所の権利を与えお金をとって160程の立売人に場所の権利を与えたようです。また「売り場の決め事」も作りました。これらも町の活性化に繋がったと言われています。
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そうは言っても・・・絵巻には立売人や棒手振り人どうしの場所取りでの喧嘩も描かれています。仲裁するのは町火消の鳶職人たち。
「火事と喧嘩は江戸の華」火事と喧嘩も消した町火消たち?人々の町火消への信頼感も、破壊消防への理解を求める「町の支配系統」に組み込まれていたようにも思えてくるのです。

第四は「識字率の向上」。
高札場.jpg絵巻の日本橋北詰め(現在は案内所)に戻って「高札場」の風景。
幕府の法令などを知らせる「高札場(こうさつ)」には、幕府の基本理念とその時どきの掟(法令)が掲示されていました。例えば、高札1では、「親子兄弟夫婦親しく」や「主人有輩(奉公人)は各自奉公に精出すべし」などが書かれていました。小学館の「『熈代勝覧』の日本橋」参照して下さい。
絵巻には「貸本屋」。本は高いので貸本が大流行。庶民には「東海道膝栗毛」「浮世風呂」などの滑稽本が人気。「瓦版」。嫌がる子を寺子屋に入学させようと(天神机を担いだ)「親が子をひっぱっている」様子。「大店の娘の手習い帰りの姿」まで描かれています。

江戸の繁栄を支えた「基礎・社会基盤」は・・・
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1)江戸の地廻り経済圏の誕生。
2)大消費地「大江戸」の誕生。
3)町の支配系統の確立。
4)識字率の向上。
この四つが江戸繁栄の基礎にとなり、日本橋の繁栄に繋がったと思うのです。

記:2022.4.10 江戸探偵人

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