「令和コロナ」と「安政コレラ」

「令和コロナと安政コレラ」
新型コロナウイルスの感染者数が世界中で再拡大しています。P1qGYj0g.jpeg
再拡大の背景に検査体制の拡大もあるようですが、英、独の大学研究機関の話では「家族内の祝い、レジャー、仕事など」が以前に比べ増えていると伝えています。(日経8.2)本当にどうなるのでしょうか?心配です。幕末の「コレラ騒動」と比較研究をしました。

人類の歴史が始まった以来、最も人命を奪ったのは疫病だと言われています。日本での最古の記録は「日本書紀」崇神天皇五年の記録「国内疫病多くして、民 死亡れるモノ有て、なかば半ぎなむとす」だそうです。その疫病の病名は分からないようです。
しかし私たちの記憶に残る歴史の疫病は「幕末のコレラ騒動」にあると思います。
江戸コレラ.jpeg上記の絵は「虎狼痢(ころり)の絵図」。19世紀初頭にインドのベンガル地方の風土病が世界に広がりました。日本への文政五年(1822)八月、下関から入り、なすすべもなく短期間で亡くなる事から「三日コロリ」と呼ばれ恐れられました。
西日本を中心に広まり大阪で猛威をふるいました。その後、京都、伊勢、東海道の沼津あたりまで病魔は襲いましたが、冬にはいり箱根を超える事はありませんでした。これが「コレラの第一波」。
「コレラの第二波」が再び日本を襲ったのは26年後の安政五年(1858)。
このコレラは「第一波の文政コレラ」より大きな被害を与えました。上海経由の米国軍艦が長崎に寄港してコレラを持ち込んだのです。
米国軍艦.jpeg『安政五年』と言えば、「日米通商条約調印」。その後はご存知のとおり「安政の大獄」さらに安政七年には「桜田門の変」。そして9年後、慶応3年「大政奉還」へと続きます。
コレラは激動の幕末への「号砲」だったのかもしれません。

「第二波のコレラ騒動」で江戸では「井戸に毒がまかれた」「異人を排斥すべし」「辛子が効く」など流言飛語をもたらしました。
江戸市内には死者が続出。
edo 火葬.jpeg疫病ゆえに火葬が間に合わず臭気が漏れ出ていたのです。そこで寺社奉行が「仮埋葬など他の方法での死体処理を認める」というお触れを出します。これが日本初の疫病予防に関する法令です。
この三年間に渡るコレラ禍での死亡者数は、江戸だけでも10万~30万人余と各種の記載があります。つまりハッキリとした記録はないのです。それだけ混乱していたのでしょう。
犠牲者の中には、浮世絵師の歌川広重、漢詩人の簗川星巌、戯作者の柳下亭種員などがいました。
さらに文久二年(1862)には第三波もあったのです。

このコレラ感染の防疫を指導したのがオランダ海軍軍医のポンペと緒方洪庵らの蘭方医たちです。「生水・生もの禁止」がその大きな防疫法です。ただポンペはキニーネも使いました。副作用がある事から反対したのが緒方洪庵。緒方洪庵は複数の蘭医学書からコレラ治療をまとめ「虎狼痢治準(ころりちじゅん)」を作成し、全国各地に無料配布しました。偉い!!緒方洪庵.jpeg
ちなみに緒方洪庵の座右の銘は「人の為に生活して己の為に生活せざるを医学の本体とす」です。
再び偉い!!

流言飛語が飛び交う中で、江戸の住民は「生水や生もの」を食べませんでした。
それは「九尺二間の裏長屋」に住む人々の生活と知恵からだったと思うのです。
九尺二間(間口が約2.7m。奥行が約3.6mで広さ3坪=約9.9m)の長屋生活の人々の生活と知恵とは?裏長屋.jpeg
江戸っ子の自慢の一つが「(江戸城天守の金の鯱をにらんで)水道の水で産湯をつかる」があります。天守は明暦の大火で焼失。
しかし水は玉川上水や神田上水が地下に埋設された石樋や木樋から運ばれ裏長屋にある井戸に流れ込んだ水です。
江戸の水道.gif
当然、自然の高低差を利用しただけの地下木樋です。井戸にはゴミなども堆積します。それを七夕の日に裏長屋の住民が揃って井戸浚いや掃除を行うのです。
生活の基本の井戸は、住民の大切な交流「井戸端会議」の場でもありました。
江戸では、朝のカマドでコメ、味噌汁などを焚き一日の食事を作ります。当然、水も沸かして飲むのが一般的だったようです。
これが「『生水・生もの』を食べてはいけない!!」と言う緒方洪庵先生の指示に素直に従う下地になったと筆者は思うのです。

コレラと新型コロナは病原体も違います。
また私たちを取り巻くテレワ-ク、バチャール、ネット、コンビニ・・・と江戸の社会とはまったく違っています。
一方、国の財政悪化は同じ。IMG_2881.JPG
日経新聞(2020.8.3)の6面に「大借金時代の先には」と題した論説があります。「歳出急拡大で『ワニの口』と言われる日本政府の歳出・税収のグラフのワニの顎が外れたような形になった」と解説しています。皆さんはどう思いますか? 
問題意識がない人ほど「まだ借りても大丈夫よ」と言います。旧態依然とした行政や政治家などの意識も同じように見えるのですが?
コロナ感染で危機感持っている今こそ江戸の生活や知恵を学ぶべきと思います。
相手を思いやる「江戸しぐさ」や住民交流の「井戸端会議」…自助と共助の暮らしが江戸にはあったからです。
最後に、歌舞伎も始まりました。ここは一番、市川宗家の團十郎に疫病退治の「ひと睨み」をお願いしたいところです。
睨み.jpeg
記:202020年8月2日
・・・・・・・・・・・・・・
※「江戸しぐさ」=「傘かしげ」「蟹歩き」など狭い土地に住んでいた住民の気遣いと譲り合いのマナーです。
参考資料・「天下大変~江戸の災害と復興」「江戸諸国萬案内」など江戸文化歴史検定協会の図書。



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この記事へのコメント

小林成基
2020年08月02日 21:37
広重はコレラで死んだんだ。知らなかった!いつも勉強になるなあ。ありがとうございました。
髙橋健
2020年08月03日 11:12
コレラ(①1822②1858死者10~30万)・スペイン風邪(1918死者40万)・新型コロナ(2020現在、死者1千)つまり約100年毎に発生しています。災害は忘れた頃にやってくるものですね。過去は2・3年で集団免疫により自然収束しています。コロナは歴史を勉強して年内に収束する様、もっと国主導で進めて欲しいですね。
青木繁
2020年08月04日 10:06
コレラとコロナどちらも困ったものです。
先日「コレラの神様」の話を読みました。

明治28年は全国で4万人もの死者が出るコレラ大流行の年だったそうです。佐賀県唐津でもコレラが流行していました。そこに赴任した増田敬太郎巡査は村のために献身的に働きますが、着任早々、3日目にして感染、亡くなります。しかし、村人はその働きに感謝し、秋葉神社に彼を祀ります。後にこれが増田神社となり、コレラ封じの神様、さらには、警察の神様、警神、巡査大明神として崇められます。現在も毎年7月26日には、白馬の山車が出て、盛大にお祭りが行われているそうです。
この話、コロナの話をしていたとら、別の人も知っておりかなり有名な様です。

増田巡査の様に、善行をして祀られる神様を「顕彰神」と言うそうですが、そして、神様にはもう一つ「祟り神」があり、これはちょっと怖い神様です。その一つは神田神社で平将門を祀っています。きっと、佐藤さんが次に「江戸の神様・仏様」と題して、ブログを書いてくれるかもしれません。期待します。

参考文献
小松和彦2006『神になった人びと』光文社
西村明1999「彼の死-増田巡査の神格化-」『東京大学宗教学年報』(17):145-158